大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)52号 判決 1975年9月18日
原告 久保田喜雄
被告 八尾税務署長
訴訟代理人 服部勝彦 河口進 ほか四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 原告が八尾市内に借地、借家等を所有しているものであり、昭和四一年三月一五日被告に昭和四五年分所得税の納税申告書を提出して別紙のとおり確定申告(いわゆる白色申告)をしたこと、その際、原告が、昭和四五年中に建物を賃貸し賃借人から受領した保証金のうち三、八四〇、〇〇〇円を賃借人に返還する必要がない収入金額として同年分の不動産所得の総収入金額に計上したこと、ならびに、原告が被告に対し昭和四六年五月一七日右申告にかかる不動産所得の金額が誤りであるとして更正の請求をしたが、被告が原告に対し、同年一一月一〇日、「更正をすべき理由がない」旨の処分をし、その旨を原告に通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 <証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
原告は、従前から、期間を二年とし、遅くとも賃借人が賃貸建物に入居するまでには保証金の交付を受ける約定で建物を賃貸していたが、右賃貸借契約においては、原則として、保証金全額を返還することとし、ただ未払賃料があるか賃借人の責に帰すべき建物補修費用があるときはこれを控除し、残額を賃借人に返還することとしていた。しかし、この方式によると、右補修費用を確定することが困難であり、建物を明渡す際賃借人との間で無用の紛争を生じきせ煩雑であるのみならず、建物が僅か一、二か月の間いわば腰掛的に賃借されることを防止する必要もあつたため、昭和四五年、新築した借家二四軒を賃貸するに際し、同年七月ごろから原告の作成した「賃貸借契約書」(<証拠省略>)によつて賃貸借契約を締結することとした。右「賃貸借契約書」(<証拠省略>)は、「本件明渡しの時甲(賃貸人原告)は保証金より金拾六万円也を差引き金四拾四万円也を乙(賃借人第三者)に返還する。」(第一三条第一項)旨定めて、損害の有無、程度、保証金の多寡にかかわらず、おおむね五〇〇、〇〇〇円ないし七〇〇、〇〇〇円の保証金のうち一六〇、〇〇〇円について返還を要しないこととする一方、右一六〇、〇〇〇円をもつて通常の建物補修費用に充てることとしている(なお、原告は、右「賃貸借契約書」(<証拠省略>)が作成される以前は、不動産周旋屋が持参した「建物賃貸借契約書」(<証拠省略>)を使用しており、また「賃貸借契約書」(<証拠省略>)が作成された後も、例外的に、賃借人の希望により「家屋賃借契約証書」(<証拠省略>)あるいは不動産周旋屋の要請により「賃貸借契約証書」(<証拠省略>)を使用することがあつたが、昭和四五年中に、右四葉の賃貸借契約書以外の契約書を利用したことはなく、右四葉の賃貸借契約書によつて締結された賃貸借契約も、右の点については同じ趣旨のものであつた。)。そして、原告は、昭和四五年中に、新築した借家二四軒につき相次いで賃貸借契約を締結して、賃貸人に賃貸建物を引渡し、これと前後して保証金合計一八、一〇〇、〇〇〇円の交付を受けたが、このうち返還を要しない部分の金額は、三、八四〇、〇〇〇円であつた。
以上の事実を認めることができる。
三 ところで、不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であり(所得税法第二六条第二項)、総収入金額に算入すべき金額は、その年において収入すべき金額とされている(同法第三六条第一項)が、右収入すべき金額とは、収入すべき権利の確定した金額をいい、本件のごとき保証金のうち返還を要しない部分の金額(実質的には、一種の権利金)についても、遅くとも、原告が賃貸借契約を締結して賃借人に建物を引渡し、これと前後して保証金の交付を受け、法律上これを自由に使用収益処分することができるようになつた時には、収入すべき権利が確定したというべきであるから、たとえ、原告が供述するとおり、建物の賃貸借契約が通常更新されて長期化し、しかも、保証金のうち返還を要しない部分の金額一六〇、〇〇〇円が増額されることがないため、物価の上昇に伴い、右一六〇、〇〇〇円をもつてしては壁の塗替え等建物補修費用に足りないことはもちろん、保証金から右金一六〇、〇〇〇円を控除した残額をもつてしては未払賃料を担保することができなくなり、いきおい一六〇、〇〇〇円をも未払賃料に充当せざるをえなくなること等を考慮したとしても、なお、さきに認定したように、原告が、昭和四五年中に、賃貸借契約を締結して賃借人に賃貸建物を引渡し、これと前後して保証金合計一八、一〇〇、〇〇〇円の交付を受けた以上、右保証金のうち返還を要しない部分の金額三、八四〇、〇〇〇円は、実質的には一種の権利金と解すべきものであるから、昭和四五年において収入すべき金額というべきである。原告の主張する補修費は、それが債務として確定した年分の不動産所得の必要経費の額に算入すれば足りるものである。
もつとも、「賃貸借契約書」(<証拠省略>)には、「法律・命令・公共事業等止むを得ない事由のため、本物件の使用ができない事由発生したときは、・・・甲(賃貸人原告)は保証金を規約通り返還する。」(第一〇条)と定められており、<証拠省略>によれば、ここに「規約通り返還する。」とは全額を返還するという趣旨であり、これと同旨の条項のある「建物賃貸借契約書」(<証拠省略>)によつて締結された賃貸借契約についてはもちろん、「家屋賃貸借契約書」(<証拠省略>)、「賃貸借契約証書」(<証拠省略>)によつて締結された賃貸借契約についても口頭で同じ趣旨の約定が成立しているというのであるが、いずれにしても、そこに定めるような事由が発生することが稀であることは当裁判所に顕著な事実である。また、原告は、賃貸人たる原告が自ら賃貸借契約の解約の申入れをするときは、賃借人に対し、保証金を全額返還する約定があつた旨供述する。しかし、この点に関する原告の供述が事実と符合するとしても、本件の場合、そもそも、建物が居住の用に供されており、賃借人が借家法の手厚い庇護の下にあることにかんがみると、賃貸人たる原告の解約の申入れが認容されることは極めて稀であるといわなければならない。そうだとすると、右のような場合があることをもつて、前記結論を左右することは到底できない。したがつて、昭和四五年中に原告が受領した保証金一八、一〇〇、〇〇〇円のうち返還を要しない部分の金額三、八四〇、〇〇〇円はいずれも昭和四五年において収入すべき金額と解すべきであり、これを同年分の不動産所得の総収入金額に計上した原告の確定申告に誤りはなく、原告の更正の請求は理由がないし、その他被告のした「更正をすべき理由がない」旨の処分になんら違法はない。
四 よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川恭 増井和男 若原正樹)
別紙<省略>